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二階堂ふみと浅野忠信に熱愛発覚?

今回は二階堂ふみと浅野忠信に熱愛発覚?について書いていきたいと思います。
二階堂ふみと浅野忠信の関係とは?きっかけはある映画の共演?その映画でのラブシーンが激しい?
二階堂ふみの熱愛の本命は別の人?それも俳優?その俳優のツイッターが面白いと話題に?
その俳優が浅野忠信に嫉妬?ツイッターでの発言から?など二階堂ふみと浅野忠信に関する熱愛情報を紹介していきます。

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みなさん、こんにちは!
今回は、二階堂ふみと浅野忠信に熱愛発覚?についてです。
二階堂ふみと浅野忠信と言えば「私の男」で共演していましたよね。
その中でもすごい激しいラブシーンなどが話題になっていましたね。
二階堂ふみは最近人気がある女優ですね。
では、さっそく二階堂ふみと浅野忠信に熱愛発覚?について書いていきます。

二階堂ふみって?


次に、二階堂ふみについて紹介していきます。
二階堂ふみは1994年9月21日うまれ沖縄県出身で12歳の時にフリーペーパー『沖縄美少女図鑑』Vol.4掲載のグラビアでデビューしました。ファッション雑誌『ニコラ』の専属モデルを務めるなど、ファッションモデルとして活躍し始めます。
2007年にテレビドラマ『受験の神様』で女優としてデビュー。2008年12月、ソニーミュージックがプロデュースしたケータイ音楽ドラマ『キミに歌ったラブソング』で初主演。2009年公開の役所広司初監督作品『ガマの油』でオーディションを経てヒロイン役に抜擢され、劇場映画デビューと幅広く活躍している女優です。
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(二階堂ふみ 浅野忠信 熱愛)

「受賞歴」
第68回ヴェネツィア国際映画祭 マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人賞)- 「ヒミズ」
第3回TAMA映画賞 最優秀新進女優賞 - 「劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ」
第26回高崎映画祭 最優秀助演女優賞 - 「劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ」
第36回日本アカデミー賞 新人俳優賞 - 「ヒミズ」「悪の教典」
第35回ヨコハマ映画祭 助演女優賞 - 「地獄でなぜ悪い」「四十九日のレシピ」「脳男」
第56回ブルーリボン賞 助演女優賞 - 「脳男」「地獄でなぜ悪い」「四十九日のレシピ」

二階堂ふみは若手実力派女優として数多くの作品で受賞しています。これだけ多くの作品で受賞しているなんてすごいですね。二階堂ふみのこれからが気になります。

ちなみに二階堂ふみは、慶応大学に合格して学業と仕事の両立をしている素敵な女優さんです。
二階堂ふみは2014年2月22日に大学合格の喜びをツイッターにつづった。
二階堂ふみは同日朝、 慶應義塾大学総合政策学部にAO入試で合格したとスポーツ紙で報じられており、
ファンから祝福のメッセージが寄せられていた。
二階堂ふみは22日昼ごろ、ツイッターで「みなさま、お祝いのリプライありがとうございます。
大学合格しました」と報告すると、「両立というのは大変ですが、必死に食らいついて
いきたいと思います。勉強頑張ります」と女優業と学業の両立を誓った。
女優業だけでなく学業も両立していこうと頑張る二階堂ふみさんを応援していきたいですね。

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浅野忠信って


浅野忠信はとても有名な俳優ですが、一応紹介しておきます。
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(二階堂ふみ 浅野忠信 熱愛)
浅野 忠信は、俳優。本名:佐藤 忠信。
神奈川県横浜市南区出身。父・佐藤幸久が代表を務めるアノレ(1996年設立)所属。神奈川県立磯子高等学校出身。 身長179cm、体重58kg。英語圏ではTad(タッド)のニックネームで呼ばれている。

忠信兄弟は、公園でビキニ姿で日光浴するような奔放さを持つ母と、整理整頓が得意で几帳面な父のもと、横浜市で育った。両親は20代前半で子を得てまだ若く奔放であった。忠信自身は父親は「家でいつも調子が悪いと言っては家で寝てばかりいる」、母親は「学校を休ませてドライブに誘う」、夜に忠信兄弟を家に残して両親がディスコに行ってしまうこともたびたびで、兄弟は近所の家に「お母さんがいない」と泣きついたこともあったという。曰く、「ヒッピーの子供で生まれた」としている。一方で両親は「親が白と言ったら白なんだ」という厳しさも持ち合わせていた。大黒柱である父親が最初に食事をし、子供は残ったものを食べるというように、甘やかされることなく浅野は育てられた。母の言によれば、忠信はいつもニコニコと笑いながら歩いている子供だったと言う。

クォーターのために幼い頃は髪の色が金髪に近く、何もしていなくても目立っていて声をかけられることも多かった。子ども心に、日本人だが日本人になりきれていない違和感も感じていたという。しかし、「子供の頃から目立ちたがり屋で、いつもテレビに出たいと思っていた」といい。やがて自分から無理に目立つことをしなくてもいいと思うようになった。そう思うきっかけになったのは、母が忠信に見せたウッドストック・フェスティバルの映像であった。ステージ上のミュージシャンが観客を熱狂させているのを見て、人前で大勢の人を喜ばせるようなことをしたいと考えるようになり、それが今日の自身の穏やかな印象に影響していると浅野は考えている。
小学生の頃から実家の隣の空手道場に兄と通った。
また、ブレイクダンスやスケートボードも始めた。中学からは音楽を始め、パンクロックバンドを組み元町や本牧のライブハウスを渡り歩いた。この頃ファンであったのはおニャン子クラブの吉沢秋絵で、フジテレビ前で出待ちをしたこともあったという。
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(二階堂ふみ 浅野忠信 熱愛)

1988年(昭和63年)、父親がタレントのマネージャーを始めたことをきっかけに、やがて父親からテレビドラマ『3年B組金八先生III』(TBS系)のオーディションを勧められて受けたところ、合格し、タレントおよび俳優としてデビューした。当初はテレビにも出演していたが、撮って放映してを繰り返すテレビの機械的なサイクルが肌に合わず、バンド活動のほうに傾倒しはじめていたのもあって、父親やマネージャーと喧嘩になることも多かった。18歳になり、父親に俳優を辞めることを宣言してしまうが、祖母から諌めされ、再びバンド活動と両立して俳優業も続けていくことを決意したという。

二階堂ふみと浅野忠信の熱愛!


二階堂ふみと浅野忠信が熱愛という噂があるのは、映画「私の男」で共演がきっかけです。
その「私の男」についても紹介していきます。

“攻め”の女優・二階堂ふみ。2013年は、『脳男』、『地獄でなぜ悪い』、『四十九日のレシピ』の強烈なインパクトを放った助演が評価され、第35回ヨコハマ映画祭および第56回ブルーリボン賞で助演女優賞を受賞した。どんな役にも全身全霊で挑む。浅野忠信と共演したセンセーショナルな衝撃作『私の男』(6月14日公開)を見て、再度、その姿勢に感服しました。若手女優のなかで抜きん出た演技力を持つ二階堂ふみにインタビューし、体当たりで挑んだ禁断のシーンについて話を聞いた。
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(二階堂ふみ 浅野忠信 熱愛)

原作は、第138回直木賞を受賞した桜庭一樹の同名小説。彼女が演じたのは、10歳の時、天災で両親を失い、遠縁の男・淳悟(浅野忠信)に引き取られた花役。孤独な2人の魂は寄り添い合い、やがて禁断の関係に陥っていく。メガホンをとったのは『夏の終り』(13)の熊切和嘉監督だ。

舞台は北海道の紋別。まずは冒頭、二階堂は流氷の海から顔を出すシーンで、見る者の度肝を抜く。もちろん、彼女自身が極寒の海に身を投じて撮影を行った。「冷たかったけど、楽しかったです」と、あっさり言う彼女。着用したセミドライスーツは気休めにしかならず、凍りつくような氷点下の温度はスクリーンからも伝わってくる。「体を張ることが面白いというよりも、ひとつの素晴らしい作品を作っているということを、現場ですごく感じていたので、何をしていても楽しかったです」。

でも、実は、流氷のシーンよりも寒かったのは、浅野忠信と2人が濃厚に絡み合うラブシーンだったようだ。血塗られた関係性を示すがごとく、抱き合う2人の体に、赤い雨が降り注ぐという壮絶なシーンだ。あのシーン、実はカメラアングルの都合で、壁面が取っ払われ、外気にさらされた状態で撮影を敢行した。二階堂は「マイナス10度とか、15度でした。真水と血のりを混ぜたものでやっていたので、あれこそ命懸けというか、とにかく寒かったです」と告白。

しかも、何テイクも重ねたと聞いてびっくり。「最初は1テイクと言われていたのですが、時間を置いたら、血のりにとろみがついちゃったそうで。そこにまた水を足して、4、5回はやりました」と、さらりと語る彼女。「あのシーンを特別視はしていませんでしたが、大事なシーンというか、この映画を作るのなら、なくてはならないシーンでした。だから、あのシーンをやれてすごく良かったなと思いました」。

2人が愛を交わすシーンは、2日間に分けて撮影をした。「赤い雨が降る前のシーンも通しでやって、その後、赤い雨のシーンをやって…と、すごく大事に撮りました。2人のものすごい愛の世界を、ダイレクトに撮るというか、2人だけの世界なんだということを映す印象的なシーンでした。寒かったので、待ちの時間も浅野さんとずっとくっついたままでいさせてもらったので、あの時間、1つになれたような気がしました。浅野さんもそうおっしゃっていたし、監督に対しても、ずっと同じような一体感を感じていたと思います」。

加えてこう語る。「ふたりでいる時の浅野さんの雰囲気はずっと淳悟で、何かがつながっている感じはありました。やっぱり素晴らしい方でしたね。藤(竜也)さんもそうだけど、映画のレジェンド的な存在だと思います。自分は、そういう映画人の作品を見て、映画が好きになり、この世界に入ってきました。そういう一時代を築いてきた人たちなんだと、現場でひしひしと感じました」。

「40歳になったからこそ、この役に挑めた」と舞台挨拶で語っていた浅野忠信。『愛のコリーダ』(76)でハードコアポルノのアイコンとして名を馳せた藤竜也が、本作ではモラルを象徴する役どころを演じていることでも話題だ。確かに2人とも日本映画界のレジェンドに相違ないが、二階堂ふみも間違いなく、その系列を受け継ぐ映画スターとしての道を歩んでいる。そういう意味でも、『私の男』は、役者の揃った快作だ。
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(二階堂ふみ 浅野忠信 熱愛)

二階堂ふみの熱愛


二階堂ふみの本命は浅野忠信ではなく新井浩文という噂があります。
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(二階堂ふみ 浅野忠信 熱愛)

俳優の新井浩文(35)が15日、自身のツイッターを更新。昨年6月、焼き肉&お泊まりデートが報じられた女優の二階堂ふみ(19)との共演を熱望した。
フォロワーからの「まだ共演したことなくて一番共演したいの誰ですか~?」の質問に「永山絢斗、二階堂ふみ」と答えたもの。
新井、二階堂ふみとも実力派として知られるが、二階堂ふみはモスクワ国際映画祭グランプリを受賞した「私の男」(監督熊切和嘉、公開中)のヒロインを演じ、ニューヨーク・アジア映画祭の初代ライジング・スター賞を受賞するなど絶好調。
同作の主演し、日本人31年ぶりとなる同映画祭最優秀男優賞を獲得した浅野忠信(40)は新井の所属事務所の先輩。「私の男、凱旋舞台挨拶ってカッコいいな~。うちも賞ほすぃ~」とつぶやき、先輩と“恋人”の熱演に刺激を受けたようだ。
新井は昨年6月、交際報道後のドラマ会見で、取材陣から「焼き肉を一緒に食べる女性は?」と聞かれると「います」と即答。「ただ、冷麺を食べたと記事に書いてあったけど、冷麺は食べてません」と笑いながら明かしていた。
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(二階堂ふみ 浅野忠信 熱愛)

新井浩文のツイッターが面白い?


4月22日にtwitterで暴露したこととは・・・
なんとまだ公表されていない「まほろ駅前狂騒曲」への出演発表でした!
それへのコメントがまた大物発言・・・!
「勝手に情報解禁したら実際どうなるのかチャレンジしてみます」
「んなもんで干されたら、それまでの俳優だってこった」
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(二階堂ふみ 浅野忠信 熱愛)

ちなみに公式のtwitterも負けじと反撃
 「さすが新井様クラスとなれば解禁日を無視してまでご自身で出演告知をされる、その力量たるや!」
「この感動はクランクイン前の衣装合わせで、総勢20人強の俳優陣の中でただ一人、
御遅刻をされた新井様の猛々しいお姿を拝見したとき以来です」

まとめ


今回は。二階堂ふみと浅野忠信に熱愛発覚?について書いてきました。
二階堂ふみと浅野忠信の熱愛は「私の男」で共演したために出た噂でした。
ただ、その映画の中で激しいラブシーンは熱愛があるかのように思わせてしまうかもしれませんね。
二階堂ふみの本当の熱愛相手は新井浩文でした。
新井浩文はなんでもツイッターで発言してしまうほどの人物です。
彼の発言にはこれからも必見ですね。

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